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アルピジェラ−抵抗を縫う−チリのキルトにおける触覚の物語からー

アルピジェラ(Arepilleras):南米で作られているアップリケのタペストリー。もとはチリ沿岸部イスラ・ネグラ地域の伝統手芸です。1973年以降のピノチェトの軍事独裁政権下、貧しい女性たちがこのアルビジェラを用いて自分たちの日常生活を表現し、人権侵害に抵抗するネットワークをカタチづくってきました。(「抵抗を縫うーチリのキルトにおける触覚の物語」チラシより)

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2010/10/12-16の期間、大阪大学総合学術博物館で、「抵抗を縫うーチリのキルトにおける触覚の物語」展が開催されていた。
16日の最終日には、シンポジュームも行われ、その中で、この展覧会を世界各地で企画されているキュレーターの方と、チリの社会的背景に詳しい方、あとアートとアクティヴィズムについて研究されている方の発表があった。

かれこれ10年くらい前になるだろうか、私がアルバイトしていたギャラリーの奥に、1つのキルトが掛かっていた。縫い目が厳密にそろっているわけではなく、アップリケの布もカタチがそろっているわけでもない、手仕事感がそのまま現れたキルトであった。しかし、その親しみのある質感とは対称的に、そこに描かれているのは、物騒な武器をもった人や、女性の姿が縫い込まれていた。キルトの親しみをかんじさせるやわらかな質感と、そこに縫い込まれた暴力的なモチーフとのギャップは、とても印象的であった。
そのキルトは、ギャラリーの奥にある小さな事務所スペースの隅、壁の隙間に置かれた小さな冷蔵庫の上に、グラスやらポットやらとまぎれるようにかけられていた。それは、堂々と、その部屋を飾るような場所に掛けられるのではなく、冷蔵庫などが置かれた日常的な場所、隙間が、そのキルトの居場所であった。だからといって、その隙間に掛けられたキルトは、隅においやられたというのではなく、むしろ、その隙間にあることがそのキルトが掛けられるにふさわしい場所だと感じた。ただ、飾られるのではなく、冷蔵庫という小さな日常スペースで、お茶をいれるたびに目にはいってくるキルト。常に目にはいる場所に掛けてあることで、ギャラリーのオーナーが、そのキルトの精神性に共感していることを現しているようであった。「意識は日々の積み重ねでつくられていく。」そのキルトはその意識を確かめるものであったのかもしれない。

この展覧会で、この10年くらい前に見ていたキルトが「アルピジェラ」と呼ばれるものであることを知った。
今回、あらためて目にしたアルピジェラからは、チリの軍事政権下で、その弾圧のもと、旦那や恋人を亡くした女性たちの経験や、その暴力を表現しようとする意思が伝わってきた。
アルビジェラの展覧会は、世界各地で開催されている。

私は、このアルピジェラの発生に関心があった。どのようにして、これが生まれてきたのか。
女性たちが、日々抱える思いを託すために制作され、自然発生的に生まれ、それがひろまったのか、もしくは、誰かがリーダーとなり、アルピジェラの制作を支えてきたのか。
制作されたアルピジェラは販売され、それは制作した女性たちの収入になっているという。

正直なところ、このバランスはほんとにきわどいと感じた。
女性たちのトラウマ的な記憶、それをキルトに託すことでもたらされる治癒的な効果と、それを販売することで得られる収入。そして、その状況を訴えるメッセージ性。
しかし、一方で、彼女たちの経済的な状況をしらない私が言う筋合いはないのかもしれないけれど、収入の為に、その記憶をキルトに託し、語りずらい記憶をカタチにせざるを得ない女性もいるのかもしれない。

それは、ほんとうに難しい関係。

もう少し、制作者の女性たちの状況がわかる話を聞きたかった。
展示作品のガイドツアーがあったのにそれに参加しなかったことが悔やまれる。

アルビジェラはスペイン語で綴りは、「Arepilleras」である。
Wikipediaで検索してみると、「黄麻布」、エキサイトのスペイン語検索で調べると「粗布」と出てくる。黄麻というのは、ジュートのことである。
もう少し、アルピジェラという言葉が、どういうニュアンスを含んだ言葉なのか知りたい。

以前、カナダのテキスタイルミュージアムで見た「BATTLEGROUND-WAR RUGS FRO AFGHANISTAN」の展示のことを思いだした。
そのラグには、伝統的な技法を用いて、現在のアフガニスタンの街の様子を描いたものなどがあった。そこには、それまで、ラグに織込まれてきた鳥や、花のモチーフにかわって、高層ビル、近代的に整備された道路、そして、その道路を行き交う戦車や、上空を飛ぶヘリコプターや戦闘機が織込まれている。







この展示を見ただけでは、どのような背景で、どのような人が、どのような目的でこのラグを制作したのか、また購入者はどのような人たちなのか、までは、わからなかった。(私が見落としていたのだと思うけれど。)

発表の最後に、この展覧会を企画している方にあいさつをし、私もテキスタイルをつかって制作していることを伝えると、「あなたもアルピジェラを一枚つくったら。」といわれた。その言葉は、アルピジェラは、チリの女性たち、経験した当事者だけが制作するのではなく、「抵抗をあらわすキルト」として存在し、チリの女性だけがアルピジェラの制作者であるのではなく、その抵抗に共感する人すべてが、アルビジェラの制作者になれることをあらわしていた。
何かによって、「形成され守られるべき伝統文化」があるならば、その「何か」の枠をでて、作っていける文化もあるのかもしれない。
さまざまなことを考えた展示であった。

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