糸・布からはじまる制作のこといろいろ
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パルガンパジ(赤いズボン)
     


先日、友人のハルモニにが「部屋着にはき。」といって下さったパジ。
ハルモニは、日本でチマ・チョゴリなどの韓服を作るお仕事をされてきたそう。
お宅には、チマ・チョゴリにつかわれる生地があって、私がチマ・チョゴリを作ったことがあるという話しをすると、その大切な生地を分けて下さった。

針仕事をする女性と会うと、無条件に心通うものを感じてしまう。
それは、韓国で、チマ・チョゴリの作り方を教えてくださった先生と会ったときもそうだった。

ハルモニは今、このようにパジをつくって、周囲の親しい人に分けているそう。
濃い色の糸だと、もう見えなくて、ミシンが掛けられないとおっしゃっていた。

          

ハルモニのもっていらっしゃるチマ・チョゴリにつかわれる生地は独特。
現在、韓国にいっても、このような生地で韓服はつくられていない。
一色に染められた生地に、全体にミシン刺繍がはいっている。生地と刺繍糸の色の組み合わせは様々。
友人のハルモニがくださったパジは赤地に赤の刺繍。
私のハルモニが着ていたチマ・チョゴリの中には、白地に白の刺繍のものがあった。
私は、この生地と同じ色の刺繍糸がほどこされた布が特に好き。

刺繍糸に光りがあたり、その光の加減によって、模様が浮かび上がってくる。
チラチラと光るその艶感がいい。

このパジはとても特別なパジである。
女性用のパジは、チマの下に、下着として着られるパジが通常で、このような、チマ・チョゴリをつくる高級な生地でパジをつくることはない。
このような大切な生地をつかって、「部屋着にはき。」といってくださったハルモニ。

「今ではもうこの生地でチマ・チョゴリつくらへんから。この生地いい生地やねんけどな。」
「こうやってパジにして、みんなにくばってんねん。」

とおっしゃっていたハルモニの言葉。そして、その言葉の後につけくわえられた「
自分がいなくなってもパジは残るやろ」とおっしゃった言葉には、そのパジの布に託されたハルモニ思いと共に、もうチマ・チョゴリになることのない生地を自分の手で分かち親しい人に届けたい。という思いが込められている。


ハルモニに会った帰り、府立図書館で
「在日一世の記憶」という本を借りた。



ハルモニ:おばあさん
パジ:ズボン
チマ:スカート
チョゴリ:上着
韓服:韓国の民族衣装の総称


アルピジェラ−抵抗を縫う−チリのキルトにおける触覚の物語からー
アルピジェラ(Arepilleras):南米で作られているアップリケのタペストリー。もとはチリ沿岸部イスラ・ネグラ地域の伝統手芸です。1973年以降のピノチェトの軍事独裁政権下、貧しい女性たちがこのアルビジェラを用いて自分たちの日常生活を表現し、人権侵害に抵抗するネットワークをカタチづくってきました。(「抵抗を縫うーチリのキルトにおける触覚の物語」チラシより)

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2010/10/12-16の期間、大阪大学総合学術博物館で、「抵抗を縫うーチリのキルトにおける触覚の物語」展が開催されていた。
16日の最終日には、シンポジュームも行われ、その中で、この展覧会を世界各地で企画されているキュレーターの方と、チリの社会的背景に詳しい方、あとアートとアクティヴィズムについて研究されている方の発表があった。

かれこれ10年くらい前になるだろうか、私がアルバイトしていたギャラリーの奥に、1つのキルトが掛かっていた。縫い目が厳密にそろっているわけではなく、アップリケの布もカタチがそろっているわけでもない、手仕事感がそのまま現れたキルトであった。しかし、その親しみのある質感とは対称的に、そこに描かれているのは、物騒な武器をもった人や、女性の姿が縫い込まれていた。キルトの親しみをかんじさせるやわらかな質感と、そこに縫い込まれた暴力的なモチーフとのギャップは、とても印象的であった。
そのキルトは、ギャラリーの奥にある小さな事務所スペースの隅、壁の隙間に置かれた小さな冷蔵庫の上に、グラスやらポットやらとまぎれるようにかけられていた。それは、堂々と、その部屋を飾るような場所に掛けられるのではなく、冷蔵庫などが置かれた日常的な場所、隙間が、そのキルトの居場所であった。だからといって、その隙間に掛けられたキルトは、隅においやられたというのではなく、むしろ、その隙間にあることがそのキルトが掛けられるにふさわしい場所だと感じた。ただ、飾られるのではなく、冷蔵庫という小さな日常スペースで、お茶をいれるたびに目にはいってくるキルト。常に目にはいる場所に掛けてあることで、ギャラリーのオーナーが、そのキルトの精神性に共感していることを現しているようであった。「意識は日々の積み重ねでつくられていく。」そのキルトはその意識を確かめるものであったのかもしれない。

この展覧会で、この10年くらい前に見ていたキルトが「アルピジェラ」と呼ばれるものであることを知った。
今回、あらためて目にしたアルピジェラからは、チリの軍事政権下で、その弾圧のもと、旦那や恋人を亡くした女性たちの経験や、その暴力を表現しようとする意思が伝わってきた。
アルビジェラの展覧会は、世界各地で開催されている。

私は、このアルピジェラの発生に関心があった。どのようにして、これが生まれてきたのか。
女性たちが、日々抱える思いを託すために制作され、自然発生的に生まれ、それがひろまったのか、もしくは、誰かがリーダーとなり、アルピジェラの制作を支えてきたのか。
制作されたアルピジェラは販売され、それは制作した女性たちの収入になっているという。

正直なところ、このバランスはほんとにきわどいと感じた。
女性たちのトラウマ的な記憶、それをキルトに託すことでもたらされる治癒的な効果と、それを販売することで得られる収入。そして、その状況を訴えるメッセージ性。
しかし、一方で、彼女たちの経済的な状況をしらない私が言う筋合いはないのかもしれないけれど、収入の為に、その記憶をキルトに託し、語りずらい記憶をカタチにせざるを得ない女性もいるのかもしれない。

それは、ほんとうに難しい関係。

もう少し、制作者の女性たちの状況がわかる話を聞きたかった。
展示作品のガイドツアーがあったのにそれに参加しなかったことが悔やまれる。

アルビジェラはスペイン語で綴りは、「Arepilleras」である。
Wikipediaで検索してみると、「黄麻布」、エキサイトのスペイン語検索で調べると「粗布」と出てくる。黄麻というのは、ジュートのことである。
もう少し、アルピジェラという言葉が、どういうニュアンスを含んだ言葉なのか知りたい。

以前、カナダのテキスタイルミュージアムで見た「BATTLEGROUND-WAR RUGS FRO AFGHANISTAN」の展示のことを思いだした。
そのラグには、伝統的な技法を用いて、現在のアフガニスタンの街の様子を描いたものなどがあった。そこには、それまで、ラグに織込まれてきた鳥や、花のモチーフにかわって、高層ビル、近代的に整備された道路、そして、その道路を行き交う戦車や、上空を飛ぶヘリコプターや戦闘機が織込まれている。







この展示を見ただけでは、どのような背景で、どのような人が、どのような目的でこのラグを制作したのか、また購入者はどのような人たちなのか、までは、わからなかった。(私が見落としていたのだと思うけれど。)

発表の最後に、この展覧会を企画している方にあいさつをし、私もテキスタイルをつかって制作していることを伝えると、「あなたもアルピジェラを一枚つくったら。」といわれた。その言葉は、アルピジェラは、チリの女性たち、経験した当事者だけが制作するのではなく、「抵抗をあらわすキルト」として存在し、チリの女性だけがアルピジェラの制作者であるのではなく、その抵抗に共感する人すべてが、アルビジェラの制作者になれることをあらわしていた。
何かによって、「形成され守られるべき伝統文化」があるならば、その「何か」の枠をでて、作っていける文化もあるのかもしれない。
さまざまなことを考えた展示であった。
fujii+fushikino モスリンのふく
fujii+fushikino モスリンのふく@神戸ファッションミュージアム

かれこれ十数年来の友人、fujiiちゃんが手がけているモスリンの布でつくっている服の展示会に行ってきた。
写真ではみせてもらったり、布を染めたりしてたのは見ていたのだけど、私がトロントに行ってたのもあって、初めて展示会におじゃまする。

fujiiさんが布を染めfushikinoさんが洋服に仕立てる。
fujiiさんが染める色はとても鮮やかで、ゆるやか。見ているだけでワクワクドキドキする。
fushikinoさんの仕立ては、そのfujiiさんの色、布の幅や性質をいかしてシンプルに仕 立ててある。
この二人の計算されたゆるやかさが、着る人の個性を引き立ててくれるような、そんな服だと思う。
奇抜ではないけれどとても個性的な二人の服。

私もぜひ着てみたい。一枚は所有したい。と思っていた。
この日は初めて着てみたのだけど、やっぱりワクワクした なあ。
どれにするのか迷って結局きめられなかった。
写真は、fujiiさんとfushikinoさんが最初におすすめしてくれた一枚。
何 枚か試着させてもらったけど、はじめのがビンゴの一枚だった。
次の展示会まで、まだあるかしら。




次の展示会は4月9日から京都であります。
おすすめですので、ぜひぜひ、足を運んでください。
二人のふくは、日常に鮮やかなワクワク感を注いでくれますよ。
私もたのしみ〜。

fujii+fushikino のブログ
http://ftof.jugem.jp/
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fujii+fushikino  モスリンのふく
  4月9日(金)〜12日(月) 11:00〜18:00(最終日17:00まで)
  場所:casa de banano /京都
 http://www.casadebanano.com/
 ※モスリン茶時@好日居
 9日(金),10 日(土),11日(日)の3日間は、
  モスリンのふくを着て来ていただけますと、ご近所のお茶処、好日居にて
  モスリンな、お茶+小菓子をサービスいたします。
 尚、好日居の開店時間、4月9日(金)  13時〜16時閉店
                 10日(土) ・11日(日)  13時〜 18時閉店   となっております。
 好日居:http://kojitsu- kyo.cocolog-nifty.com/
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日々譚hibitanのかっぽう着
日々譚hibitanのかっぽう着

着古したシャツをつかってかっぽう着をつくっている友人の展示会に行ってきた。

こんな作業着を着て仕事ができたら☆そんな空想をしながら展示を見せてもらった。

hibitanさんでつくられているかっぽう着を見ると、個性的な料理人がもうすでにそこに居るような、そんな感覚になる。

着古したシャツを見ていると、着ていた人の体温や、匂いや、汗、生活の中でくりかえされた、日々のつながりによって生地が生地らしくなり、着るものとなっていくのがわかる。

最近とくに織りたての生地よりも、生活の中でつかわれてやわらかくなった布をみると、「ぬの」というのはこういうものをいうんだなと実感する。

そういえば、妹が、保育士をしていたときに、保育をしやすいエプロン(かぶるタイプ)のを着ていたことを思い出す。きっとそれぞれの仕事で要求されるデザインとかあるんだろうな。もし、妹がまだ保育士をしていたら、hibitanさんにお願いして、つくってもらってプレゼントしていたかも。

かっぽう着につかうシャツは、大きめのサイズがいいらしい。大切な人が着古したシャツでつくったかっぽう着を着ながら、仕事をする。日々、かっぽう着を着る瞬間に、そういう存在を感じながら一日の仕事がはじめられるのは、ろまんてぃっくで、のすたるじっくな感覚かもしれないけれど、いいなと思う。

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 日々譚hibitan かっぽう着展
 〜着なくなったシャツから作った暮らしの衣服〜

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昨年のGW中に初めて「かっぽう着展」をさせていただいた
京都三条商店街のTOTTEさんでの展覧会です。
TOTTEさんの美味しい焼き菓子をハーブティーやたんぽぽコーヒー
(コーヒー、チャイもあり)といただける
小さなカフェスペースもあります。
色々と新しいお店も増えて、盛り上がりを見せる商店街をぶらぶらお散歩がてら
おこしください。

◆日時 2010年3月1日(月)〜7日(日)
    12:00〜20:00(最終日は18:00まで)
    *1、3、6、7日14:00〜 ←会場に居ます
       (オーダーもこの日に受け付けます)


◆会場 TOTTE 京都市中京区三条猪熊西入る(三条商店街内)
    (最寄り駅は、阪急「大宮駅」もしくはJR二条駅)
    tel 075−801−0550  営業時間:月〜金12:00〜20:00
    土日休(会期中は営業)

http://hibitann.exblog.jp/
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西陣 絣 伝統工芸師
今日は先生に声を掛けていただいて絣の伝統工芸師の方のところへ見学に。

こちらの方が制作しているのは、お召しの絣の布。
お召しは、普段着というよりも高級な着物。

西陣のお召しの特徴は、経絣で、経糸の本数が多く、お話では、2000〜2700本使われているそう。
その細かさと量から、経糸に染めた色が大きく影響した色鮮やかなお召しの布ができる。
実物みるまでぜんぜんピンときていなかったのだけれど、こちらで織られているお召しの布は、緯糸は強撚糸で、左撚りと右撚りを二回ずつ交互にいれるので、織り上がるとしぼができる。
図版ではピンとこないことが、実物を一度みるだけで、いろいろなことがわかってくる。


技術的なこと、使う道具のことをいろいろお話してくださった。
絣模様をつくるために糸を括る台も、いろいろな種類がある。
絣といっても、糸の括り方やあつかい方は人それぞれかもしれないが、
熟練した技をもっている職人さんの技術をみせていただくのはほんとうに勉強になる。

お話の中で、なるほどと思ったことが一つ。
お召しの需要が、1950年代以降、落ちていったらしい。
それは、赤線の廃止と関係があったとのこと。
たしかに、当時のサンプルをみせていただいたのだけど、とても色鮮やかで斬新なデザインのものが多い。きっと、そういう華やかなデザインものの需要が高かったのだろう。

経絣の模様は、縦にながれるデザインが、シャープでモダンな印象で、私はとても好きな柄である。

一度だけ織ったことのある着尺は、経緯絣だったけれど、経の絣模様をつくるのに、ほんとうに苦労をした。それを経験して、こうやって見せてもらうと、「なるほど。」「すごい。」そんな言葉しか出てこない。


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アンティーク キルト&カシミール ショール
  

Textile Museum of Canadaでのキルトとカシミールショールの展示へ

ほんとにこの美術館はすごいと思う。
毎回の展示の質の高さには驚かされる。

テキスタイルを文化、アート、さまざまな角度からとらえて展示の企画をしている。

今回みにいったキルトとカシミールショールの展示は、インターンをしていた時、
この展示の準備をしているのを間近で見ていたので、その時に聞いた話なども
思い出しながら鑑賞。

キルトに関してはまったく無知だったし、それほど関心をむけたことがなかったのが
事実。しかし、この展示の準備をするのをみて関心をもつようになった。

展示の準備をしているとき、ミュージアムスタッフのMが、このアンティークキルト
の補修をしていた。
今にもやぶけてしまいそうなパーツを丁寧に補修しながら、キルトがかわるごとに
私を呼んで、そのキルトの面白さを話てくれた。

そのとき、Crazy Quiltsというのを知った。
左右対称や、繰り返しのパターンを使わず、無造作に切ったもしくは、はぎれのまま
の布を縫い合わせてつくってある。

キルトといえば、パッチワークで緻密なパターンや色の配色で、作るもの、見るもの
を楽しませてくれるが、このCrazy Quiltsと呼ばれるものは、それとはまたちがった
無造作さ(計画されているかもしれない)が、カオスとなって目を楽しませてくれ、
想像を広げてくれる。

今回展示されたアンティークキルトには、一点一点の丁寧な説明書きが添えられている。

あるキルトには名前が刺繍されている。
一つは、教会で寄付をした人の名前が刺繍されていたり、他のものは、ある地域に住む
人たちの名前が連なっていたり、さまざまなコミュニテーの証がそこにみられる。

また、縫い合わされた布についても書かれていて、ある作品は、とてもよい生地を
使っているキルトで、テーラーかその周辺の人がつくったのではないか。という推測
をしていたりする。

キルトは家庭で使われることが主なので、一点一点の制作過程や背景について書かれた
ものが少ないらしく、推測の部分が多いみたいなのだけれど、その推測もまた、鑑賞
の楽しみの一つじゃないかと思う。

カシミールショールの展示

インドのカシミール地方でつくられたショールが中央アジアやヨーロッパにどのように
広がっていったのか、商業、産業との関係もみせながら、カシミール地方のショールと
それに影響をうけたロシア、イギリス、フランスのショールが展示してある。

その緻密さは、織物のことを知っている人がみると驚嘆するしかない。

カシミールで織られたものはもともとは綴れの技法で織られている、しかし、フランス
のものをみるとジャガード織になっている。
量産することを考えたら、綴れよりも、ジャガード織の方が断然効率がいいだろう。

展示されたものの中には、刺繍で模様が描かれているのもあった。
これは、織の模様のもののイミテーションらしい。
でも、イミテーションといえどもその質はかなり高く、繊細で優雅な刺繍がほどこされて
いる。近くでみなければ刺繍だとは気がつかない。

あと、綴れなので、模様別で織られ、後でパーツを縫い合わせたものもあった。

ロシアのものは色合いが素敵だった。
ショールのベースになる色、ちょうど中央部分がターコイズ色になっている。
この配色はなかなかできないな。

キルトの展示も、ショールの展示もただ見せるだけではなく、解説が充実していて、
見て、読んで、そして想像して、、、頭の中はぐるぐる。
おもしろい展示だった。

Textile Museum of Canada
http://www.textilemuseum.ca/

  

 

最後にミュージアムショップへ、
やはり買ってしまった。
本。



3度目の県立郷土館
 3度目の県立郷土館へ

1度目は、展示を見に。
2度目は、どんな収蔵品があるのか、見せてもらいに。
そして、今回、3度目は、気になる収蔵品を見せてもらい、
写真を撮影。

青森県立郷土館には、生活の日用品や、信仰で使われるモノ、
いろんなものが展示してある。
そのような展示をみていた先にあったのが、戦時中、戦後の
展示物だった。歴史をおっていけば、確かにあって当然だと
思う。それが並列にならんでいたときに、なるほど。とふと
納得するものがあった。

今回、青森で制作する予定の作品は、1940年代のことがテ
ーマになっている。カナダと日本、カコとゲンザイをつなげ
るような、そんな作品にしたいと思っている。

作品についていろいろ考える中、あたりまえのことなのだけ
ど、その時代だけを切り抜いてはだめなんだと、あらためて
思った。つながっているのだ。
その前も、後もずっと。

1度目に訪れたとき、郷土館の1階に貼ってある、開催中の
展覧会のポスターをチェックしていると、その次の日までの
会期で、「語り伝えたい、戦中、戦後の暮らし」という展示
が、近くの市民美術館で開催されているのが目にとまった。
そして次の日にそれを見に行った。

戦時中に使われていたモノを見ると、派手なものは、ほとん
どない。展示物はそうだけど、きっといろんなものを着てい
たのではないだろか。戦争柄の着物を見たときには、結構派
手なものもあった。なんとなく自分の中で、展示されている
戦時中のものと、きっと他にもあったんじゃないかと思うも
のとが結びつかない。

2度目に郷土館に行ったときにちょっとそれについても質問
してみたけれど、郷土館の中では、「歴史」「民俗」などの
部署にわかれて研究されているために、そこのつながりがど
うやら別に研究されているようだ。

こぎんの収集や保存がはじめられたのが、大正、昭和初期頃
らしいので、それを考えると、、、

終戦前後は、やはり展示にあるような、地味な色めのもの、
そして物資も不足していたとのことだから、いろいろなもの
を代用したりして、大切に使っていたのだろう、、、

3度目の訪問では、いくつかのモノを手にとって、写真を撮
らせていただいた。

「非常袋」と書かれたリュックにある、ほつれに強度をもた
せる為に、繕われた糸に、生々しさが感じられた。

「防空頭巾」は2つあって、2つともよく見ると構造が全く
違う。これは手作りのものなんじゃないかと思う。
中には沢山綿が詰まってあって、火の粉や、落下物から身を
守るための実用性や、それから身を守りたいという思いが伝
わってくる。

「防空頭巾」を見ているときに、学芸員さんが一つの冊子を
見せてくれた。それは、戦時中に使われていたいろんなモノ
が掲載された冊子で、「防空頭巾」も掲載されていたけれど、
そこにある防空頭巾は、中に綿ははいっておらず、布一枚だ
った。どうやら量産されたものらしい。

「日常性」ってなんなのだろうかと、ぐるぐる考えているこの頃。

ほつれを繕った糸痕、防空頭巾の縫製に生活の跡が見える。








こぎん
 こぎんを見せてもらいに弘前まで。

私が青森にくることになって、それを報告しなきゃ。と
思ったのが、Aちゃんだった。Aちゃんは大学生のとき
からの友人で、私の織の師匠であり、どんな話でも聞い
てくれる友人だ。
青森はそんなAちゃんの故郷。
青森に来て、まだ1週間ちょっとしかたっていないけど、
Aちゃんのいい意味での、自由さや奔放さ、そして地に
足がついている感じがなんとなくわかった気がした。

そんなAちゃんの親戚のお宅では古い「こぎん」をもっ
てらっしゃるとのことで、それを見せていただきに、弘
前まで。青森市から弘前までは、車で1時間半くらい。
山道をとおりぬけて、岩木山をながめながらドライブ。

Aちゃんとのまちあわせ場所は、「ニトリ」ちょっとわら
けたけど、なんか地元なかんじでいい待ち合わせ場所
。お互いに車だったので、駐車場ひろいしね。しかも見つ
けやすい。

到着したご親戚のお宅は、外装は昔のままで、茅葺き屋根
だった。立派な茅葺きの屋根で、雪がふったらきれいなん
だろうな。

玄関に入ると、左手に「ケラ」(雨がっぱ)がいくつもか
かってある。青森のケラの特徴は、襟元にとてもモダンな
模様が編まれている。レジデンスで一緒にすごしているU
Kから来たアーティストは、この「ケラ」を郷土館で見て、
とてもきれいと話をしていた。私が雨がっぱだといったら
信じられないといった様子だった。

その素朴で美しいケラが玄関にかざってあり、部屋のなか
も、おもわずキョロキョロしてしまうくらいいろんなもの
があった。とくに日常でつかう工芸品。
親戚の方がだしてくださったお茶のお茶碗も、普段は、き
っと美術館でしか見られないモノで、あたりまえのことか
もしれないけど、美術館で見るよりも、数倍いいと思った。
いくら展示にこってあったとしても、生活の空間の中で、
しかもその器が使われている空間で、見るとそのよさがし
みじみと伝わってくる。っていうか、Aちゃんの家にも、
普通にいっぱいそういうものがあって、かなり驚いた。
民芸運動にに携わっていらした方のあの厚みのある陶器を
美術館で見るときに感じる重々しさはなく、生活空間にな
じんでいた。あの厚みは、日常で繰り返し使う為にあの厚
みなのか。と感じた。

見せていただいたこぎんは、ほんとうにすばらしいものばか
りだった。藍で染めた麻の布に綿の白い糸で一針一針刺して
ある。その綿の白糸にふっくらとした厚みがある。

以前は、絹の華やかな布に惹かれたけど、トロントのテキス
タイルミュジアムで、アジアの布を沢山見せてもらって以来、
綿と麻の布に、興味がわいている。

江戸時代、弘前藩では、農民の贅沢な暮らしを禁止し、さま
ざまな規則があったらしい。その一つに衣服の統制もあり、
こぎんざしは、そんな贅沢さを禁止された生活の中から、生
み出されたものだ。
当時木綿はとても価値の高いもので、肌着や帯だけに使うこ
とができ衣服には、地元の麻を使わなければならなかった。
麻は保温性は低い、寒さの厳しい土地で、少しでも生地を丈
夫に、布に厚みをつけて温かくしたい。そんな思いで麻を縫
いあわせていた、それれが後に綿の糸に代わって、装飾性も
加わり、現在見られる「こぎん」となった。

しかし、あんな複雑なパターンをよく刺せるものだと、感心
する。模様にはそれぞれ名前があって、いくつかの模様を組
み合わせて、全体のパターンが構成されていたり、一つのパ
ターンを繰り返し刺しているのもある。
この模様の一つ一つの名前がかわいい。印象的なのが、「猫
の足」で確かに、猫の肉球のふくっくらとした感じがある。
Aちゃんと親戚の方との会話の中で、こういう名前も生活の
中にあるものから、付けられたんだろうねと、話ていた。

弘前からの帰り道、もう外は真っ暗、満月の夜だった。

参考資料:「津軽学入門」より